生まれ育った文化での判断に「待った!」をかける態度はコレ!

最終更新日時 : 2017年5月25日

どんな環境で育ったかな?

国籍に関係なく育った環境というのは、どんな人になるかという人格形成に大きな影響を与えるものだと思います。そして、それは夫婦や親子であっても育った環境が違えば違うものだと思います。 

 

このブログでも何度かはなしていますがら私は日本でモノリンガル(1つの言語)、モノカルチャー(1つの文化)という環境で育ちました。一方、子供たちは韓国生まれ韓国育ちで私が日本語を教えてるのでバイリンガル(2つの言語)、バイカルチャー(2つの文化)で育っています。

 

ところで、以前どこかで「エポケー」という言葉を聞いたことがあります。今日はこのエポケーという言葉に関連して私の経験とともにお話ししたいと思います。

 

「エポケー」って何?!

エポケーなんて言葉、聞いたことがある人よりも聞いたことがある人の方が少ないような気がします。まずは、どういう意味か見てみましょう。

 

原語はギリシア語で,「判断中止」の意。古代ギリシアの懐疑論者たちの用語。何一つ確実にして決定的な判断を下すことはできないという懐疑論の立場から,判断を下すことを控える態度をいう。

コトバンク「エポケー」より

 

現象学の言葉だそうですがなんだか難しいですね・・・。私が読んだのは現象学関連でもギリシア語関連のものでも哲学的なものでもなく、確か世界と文化のような関連のものだったと思います。そしてこのようなコメントがありました。

 
 
「自分が生まれ育った文化を基準にして判断を下そうとするとできないときがある。そんな時は判断を下すのではなくちょっと止まってみて様子をみる態度のこと。そうすると新しく気がつくことがあるかもしれない。」
 

 今日の「エポケー」ですがこの↑↑上の「 」の中にあるような立場から私の経験を交えてお話します。

 

日本生まれ日本育ちの私の基準

生まれも育ちも日本、もうちょっと言うと生まれも育ちも関西の私は物事の判断基準が日本(そして関西)の場合が多々あるな、と思ったことがあります。それは、海外にでた時ではなく日本国内で関西以外の場所に行った時もそうです。

 
 
そして、その基準に従って自分が生まれ育った土地を出て人や物に接すると「違う」ということになるのだと思います。しかし、それも回数を経験していくと「○○という土地ではこうだけど、△△という土地ではこうだ」のように自分の中で少しずつ分類されていくと思います。
 
 
韓国に来ていろいろありましたが、韓国に来た当初に見て「日本だったらしないだろう」「日本人だったら思ってても言わないだろう」と思ったことをいくつか挙げます。

 
 

  1. さつまいもとキムチを一緒に食べる。
  2. たくわんに酢をかけて食べる。
  3. 「なんで整形しないの?」と言われた。
  4. 20代半ばで韓国に来たら「なんで結婚しないでこんなところにいるの?」と言われた。
  5. 一人で食堂でご飯を食べていたら「かわいそう」と言われた。
  6. 初めて会った人に出身大学や専攻を聞かれた。

 
 
思いついた順に書きましたが、1.と2.は、さつまいももキムチもたくわんも日本にあるので、食べ方の違いに驚きました。そして、「ええええ!」と思いましたが食べてみると「意外と合うかもしれない」と思いました。不思議なことにさつまいもとキムチ(白菜キムチ)を一緒に食べると喉がつまらないのです。これが「新しく気がつくこと」なのだと思います。

 
 
3.~6.は、韓国にきた当初周りの韓国人に言われて驚いたことです。3.は友達になった韓国人が鼻を整形するというので、その説明を聞きにいくのについていきました。そこで友達がこう言ったのです。そして、私が「親からもらった体なのに整形なんて、親はなんて言ってるの?」と聞いたら「え? 親がお金出すから整形したら?って言ってるけど・・・」と言われ驚きました。
 
 
4.は「韓国語を学ぶぞ~!」と韓国に渡ってきた当時独身の私に、当時知り合った韓国人の人が言った言葉です。今でこそ結婚年齢は上がっていると思いますが、韓流ブームでもなく単身で韓国に来た私はちょっと変わった人に見られたのかもしれません。
 
 
5.これは最近では変わってきてて一人で食事をする若者が韓国では増えてきています。しかし、私が韓国に来た当時はそうではなく、「一人で食堂でご飯を食べている人 = 友達がいないさびしい人」と見られていました。そのため、そんなことを気にしない私が一人で食堂でご飯を食べていたらガラス越しに私を見つけた韓国人の知り合いがお店に入ってきて「かわいそう」と言いながら私の向いの席に座ってくれたのです。
 
 
6.初めてあった人のことをよく知りたいと思うのは万国共通のことかもしれませんが、韓国に来たころは出会った人に立て続けてにいろいろと質問をされ出身大学や専攻まで聞かれて「面接みたい!」と思ったことがあります。逆に言えば相手に同じ質問をしてもいいのかなぁとも思ったり・・・。
 
 

「判断を停止」をして考えてみると何がわかる・・・?

繰り返しになりますが・・・

 
 
「自分が生まれ育った文化を基準にして判断を下そうとするとできないときがある。そんな時は判断を下すのではなくちょっと止まってみて様子をみる態度のこと。そうすると新しく気がつくことがあるかもしれない。」

 
 
この考え方に沿って私の経験の1.~6.を見てみると、1.と2.のような食べ物の場合は、「変な食べ方」と思うとそれは「判断停止」ではなく「判断」していることになります。「とりあえず食べてみる」というのが「判断停止」で、その結果「意外とおいしいかも?」や「さつまいもとキムチを食べるとなぜか喉がつまらない」というのが「新しく気がつくこと」だと思います。
 
 
3.~6.は私が言われたことですが、これも「なんでそんなこと言うの?失礼な質問!」と思うと「判断」していることになります。しかし「判断停止」して、「周りの韓国人はみんな20代半ばで結婚しているのか」「韓国人はみんな1人ではご飯を食べないのか」「初めて会う人に出身大学や専攻を聞くのは普通なのか?」を観察してみると、総合的に判断がつくのではないかと思います。

最後に・・・

 
 

今日は、現象学の言葉である「エポケー」について私の経験なども交えてお話しました。最後になってしまいましたが、この「判断停止」という態度を親が取れるようになるとバイリンガル子育てをしている時に子供が文化的な違いに遭遇してもすぐに「違うねー。おかしいねー」とはならないように親がリードできるのではないかと思います。

 
 
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